yabusameyamaのブログ

野草を見続けて40年草花にレンズを向けて好きなように写真を撮る

燃えなかった藁草履

燃えなかった藁草履
比叡山に3大地獄と言われる修行が昔から存在する。
その中でも最も過酷なのが千日回峰行だろう。この行が始まっ

ておよそ1000年前、その内2度萬行したのは3名しか存在し
ない。
2度萬行された行者の一人が昭和55年と62年に萬行された酒井

雄裁大阿闍梨である。
比叡山に1000年にわたり行われていた「千日回峰」が世間

に初めて知られるようになったのは酒井雄裁師が行った回峰行
を1979年NHK特集「行~比叡山千日回峰~」として放映
されてからだろう。酒井阿闍梨さんが「行」に入られる前に私
の父親がインド仏跡巡拝を一緒にして以来大変親しくお付き合
いをさせていただき、その関係は私達夫婦、子供達、また私の
姉たちへと受け継がれた。私の名古屋に住む姉が酒井師が千日
回峰行で使われた藁草履(1日1足使われる)を1ついただい
てきて自分が死んだ時には棺桶の中へ入れてくれるように息子
に伝えていたが、5年前にご主人が先に亡くなられた。
その折、自分用に用意していたこの藁草履をご主人に履かせた。葬儀が終わり、名古屋八事で火葬した。
その後、骨上げの時、我が目を疑った。すべてが焼け骨のみに

なるはずが酒井阿闍梨さんが回峰行に使われた藁草履は色こそ
灰色に変色していたが完全な形で残っていた。手で触ってみた
が全く崩れることはなく藁草履そのものの感触だった。
1000度を超す火力の中で藁草履が燃えないということが現
実に起きた。
これをどう説明したらいいのか今でも判らない。
母親が生前母の友人が亡くなりその折酒井阿闍梨さんの回峰行

に使われた草履を履かせて火葬した時、草鞋は焼けずに残った
と聞いていたが、その時にはにわかには信じられなかったが今
回は私一人ではなく親族皆が目の前でこの事実を確認した。
酒井阿闍梨さんはそれほど霊力が強かったということだろうか?今だ私の脳裏から離れない。
酒井雄裁大阿闍梨が亡くなられる2年前に私達夫婦は生前戒名

を付けていただいた。


2011年1月 比叡山長寿院にて
  酒井阿闍梨さんと今は亡き義母と


授与していただいた戒名(私)

 

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